静かなるエッセイ「本の捜査探偵」

静かなるエッセイ   「本の捜査探偵」

 読書にふさわしい季節になると、私の視線はいつも本棚にいく。下から二段目の右端にあった本。私が子供の時、父の本棚の同じ位置にあったそれは、『エミリアンの旅』と『子を貸し屋』。題名と内容だけが心に残った。
 著者を知りたいと思ったのは、〃本の探偵〃を仕事にしている人が現れたからだ。そうか、探偵に頼むと、本について知りたいことを調べてくれるのか。早速依頼すれば良かったのだがそのままになっていたある時、たまたま行った図書館でその本を見つけたのである。復刻版のその童話の作者は、宇野浩二だった。
 思いでの中ばかりでなく気になる本はどんどんたまっていく。本屋さんに走り、図書館を巡っているうちに、そこでまたまた気がかりな本に出会う。すると追求するべき本が増える。探偵に頼んでも追いつきそうにもない。そこで自分が探偵になって、私はいろいろな図書館を捜査に訪れた。
 捜査までしなくては手に入らないのは、本が古いか外国の本の場合である。本は言葉で出来ているから、書かれている言葉を読めなくてはならない。私は英語とフランス語なら分かるから、捜査線上には、英国か米国の図書館が浮かぶ。
 日本でも外国でも、古い図書館を訪れるのは、胸躍る興奮と緊張感を感じる。貴重な本がたくさんある驚きと、ここで勉強した先人たち=かの著名な作家たちのことを忍ぶからだ。同じ場所に私もいる、けれど……、だから……と、気持ちばかりが一杯になって、肝心の捜査になかなか手が出ない。探偵もつい理性を失う。
 そのようなもどかしさを感じたのは、ロンドンの大英博物館の中の図書館にいたときだった。丸いドームの天井の下の、金縁に皮表紙の厚い古書に取り囲まれた閲覧室で、私は茫然自失してしまったのだ。ここにいるという感動とその重厚さに圧倒されてしまって。さて気を取り直して捜査に入ると、なんと百発百中。というのも、司書と呼ばれる協力者のお陰であった。
 実は〃本の探偵〃とは、図書館で言えばレファレンスの係りの人である。適格な指示の元に捜査、いや探索していくと、必ずおたずねものを射止めることができるのである。大英図書館でも、ずいぶん大勢の方々にお世話になった。見つかると私の手をにぎりしめ、よかった、よかった。こんな司書の方は初めてだったが、よく見るとあちらこちらで、司書と閲覧者がこんな喜びを表現しているではないか。司書の方の仕事への情熱から、文化の深さのようなものを感じたしだいである。
 実は若き日、私も大学書館で働いたことがあった。けれども苦手な工学部だったせいか、本自体があまり好きになれなかったのは残念至極。今、利用者になってみて、こうして世界中の図書館のお世話になっている。どんなに有り難いことか、重々身に染みている。

 気になる本がたくさんあることもまた幸せなことなのである。本の探偵が続く限り、「孤独から救われる」ーーC・S・ルイス

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