★以前執筆した朝日ビジュアルシリーズ「野菜づくり花づくり」
の連載エッセイ「ソローヒルの庭から」を大幅に加筆改稿して1年間52回
週刊連載します。自然を愛する人々、田舎に住みたい方々に読んでいただければ幸いです。

文・鶴田静 / 写真・エドワード・レビンソン 禁転載


     「ソローヒルの庭 12ヶ月52週」
  第3週 春陽 春分     2013/3/18から

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 水色の空に、いくつもの白い花が、群れる鳥のように枝に止まって浮かんでいる。ああ、ついに咲いた! 1年間待ち望んでいたハクモクレンが、花開いたのだ。9枚の純白の花被が重なり合った大きな花が、その数200余りで葉の無い木の満身を飾っている。なんという壮観さだろう。私は毎日、朝な夕な、白い花が太陽で黄金色に、夕焼けで茜色に、月光で銀色に染め変えられるのを見届けなければ気が済まない。
 けれども待っていた365日のうち、花開いているのは7日間にも満たない。春は、先週あたりから夏日が多かったので、開花が急激だった。そして純白の花片が、茶色に錆びていくのもまた。「白木蓮(もくれん)に純白という翳(かげ)りあり  能村登四郎」

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この暖かさで、堅かったレンギョウの蕾が、突然黄色い小花を長い枝に密生させた。大株の連なりが、庭全体を幸せにしている。お彼岸には両親の墓に詣出るのだが、自ら育てたレンギョウとユキヤナギとヒヤシンスを花束にして手向け、私たちの平安な暮らしー暗く恐怖に満ちたこの社会の片隅でのーを報告しよう。
 季節をひとつ飛び越したような陽気に小さな花々が咲き始めた。きゅうりぐさ、すみれ、ばいも、はなにら、クロッカス、ムスカリ、たんぽぽ、ほとけのざ、おおいぬのふぐり、つるにちにちそう。そして早咲きの吉野つつじがショッキングピンクで満開。後ろの黄色のレンギョウと華々しい。そのそばで、クリスマス・ローズの群が楚々としている。

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 夫は新月に種蒔きをする。種は満月に向かって生長するからだという。月の満ち欠けは、植物にも人間のからだにも影響を与えると言われている。先日の新月に、ジャガイモの植え付けやニンジン、ラディッシュ、カブの種蒔きをした。春分には昼と夜の長さが同じになる。これから日がだんだんとのびていき、土の暖かさが増すから、種も苗もうまく生育するだろう。植物にとっても寒がりやの夫にとっても、春陽は恵みである。 
 いよいよ本格的に草取りをしなければならなくなった。サラダ菜やニンジンの畝に、ほとけのざやおおいぬのふぐりがビッシリと生え、これでは苗は窒息しそうだ。どちらの花ももう終わりだから、抜かしてもらうよ。230分の間に山のような積み草になった。

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 ノビルや三つ葉、ヨモギやツクシなど食べられる野草も豊富になりありがたい。そんなところへまたまた地球からの贈り物。トンネルを23つ抜けた向こうの、海の町に住んでいる友人から、採り立ての生ワカメが届いたのだ!
 黒々艶々として、ベルトのように厚く長く、潮の香に満ちたコンブのように立派なワカメ。訊けば、彼女自身がウエットスーツを着て海に潜り、採ったのだという。海の水はまだ冷たかったのに。そしてお子さんたちも手伝った。大柄で美人の颯爽とした彼女の姿が目に浮かぶ。
 昨春もいただいたのだった。やわらかく茹でて酢味噌和えは定番。それに加え、我流の食べ方も。ちょうどビロードのようなホウレンソウが採れたので、ニンニク、赤トウガラシと一緒にオリーブオイルで炒め、ワカメのペペロンチーニ風。このお彼岸で亡母のことを考えていたので、母がよく料理したワカメの胡麻油炒めも。どんな風にしても、生ワカメの抜群の美味しさ。母なる海、母なる大地、そして人の手を経てもたらされたものに大感謝!

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 おや、わが庭のソメイヨシノに1輪の花が開いている。今年は2週間も桜の開花が速い。そう言えば72候では「桜始開」とある。いよいよのお花見にすでに誰もが興奮気味。
(次週に続く)

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