こ の月あの時
「雨が降ったら」

  自然の中で自然と共に暮らしているせいだろうか、私は季節や天候に感情を左右されやすい。良いか悪いか、まあ正直であることだけは確かだ。晴れの日には、 青空に風船が浮かぶように身も心も軽々と浮き上がる。曇りの日には、気圧に押さえつけられるような気がして体ごと重い。そして雨の日。時々の雨は、芯まで しっとりと落ち着くようでとても心地好い。けれども長雨となると、戒められているように気が塞いでしまう。不機嫌な自分をみるのは嫌だが、原因が明らかな ので対策は講じやすい。
 対策の一つは身の回りの整理である。衣替えとか虫干しとかの時期ではないのだが、ご そごそとあちこちを整理整頓する。衣類、本、食器、書類。本格的にやるとなると何日もかかるから、けっこう気が紛れる。
  中学、高校生時代の日記や手紙に読み耽るのもそんな時だ。淡い初恋の記録。下手ながら一生懸命書いていた甘ったるい詩。喧嘩した後に受け取った仲直りの手 紙。当時の人間関係が鮮やかに蘇り、いつの間にか電話で当人と何年かぶりのおしゃべり。それぞれに、忘れていたことを思い出させられて楽しい。(2007 年、それらが『茶箱のなかの宝もの』岩波書店となって出版された。)


                                             Photos © Edward Levinson

 も う一つ、気分転換に良いのが部屋の模様替え。長雨があければカアっと明るい夏の陽射しが降り注ぐ。その輝きに合うように、室内のデコレーションを変えるの だ。雨の冷たさのために、カーペットもカーテンも厚手のものだから、涼やかなものを準備しよう。テーブル・ランナーもクッションやベッドカバーも、ラグも 真夏用に。電灯の笠も取り替えたり、すだれもかけたり。そのついでに、いつもはできない細かいことをする。パッチワーク、リフォーム、繕い物。
  中でも染め物はよい。紅茶のでがらしや、ハーブや、タマネギの皮や、そんな台所にあるものをストーブの上でぐつぐつと煮て染液を作る。この中に染める布を 入れてさらにことことと煮る(絹ならそのままでいいが、木綿の場合、二倍に薄めた牛乳に浸しておくと、染まりが良い)。色を定着させるための媒染液は、ナ スの糠漬けに使う焼きみょうばんをぬるま湯に溶かして使う。この中に染まった布をつけて色止めをする。水で濯いで陰干しをして染め上がり。


© Edward Levinson

  染め物をしている間、私は隣のレンジのお鍋で料理をする。染め物の材料は全部台所のものだから、安全。幾つものことを一時に出来て、部屋も暖まり、体も暖 まり、ずいぶん得をしたような気になる。その上、捨てられる運命にあった〃生ごみ〃が、命をとりとめ、こうして布の上で生き長らえることになる。飽きがき たブラウスやティーシャツも新しく蘇り、早く着たい一心で夏がくるのが待ち遠しい。いや、外は雨なのに、私の部屋にも気持ちにも、太陽がいっぱいの夏がも う来てしまったのである。雨の日も、過ごし方一つで快適となる。雨によって大地が生気を与えられるように、私も暮らしの根元で生き返る。